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古川真人「背高泡立草」 1

こんにちは。
海藤です。


今回は2020年に第162回芥川賞を受賞した、古川真人「背高泡立草」について書きたいと思います。この作品は今の時点で最新の芥川賞受賞作ということになりますが、昨今の文学の世界が流行やポピュリズムが必要とされているのではないかと言われているのに反して、ある意味モーパッサン的と言うか、土着の地方色の濃い本作が受賞に至ったということは逆に新鮮に感じられました。最近喧伝されているダイバーシティということに鑑みると、この作品の受賞は日本の都市生活を絶対的価値とする風潮に対する反証なのかもしれません。


マスコミなどでも報じられていましたが、この古川真人「背高泡立草」という小説のあらましはと言うと、九州の小島に吉川という家が所有していた二十年前に打ち捨てられた古い納屋があり、その家の子孫である主人公と思しき奈美、母親の美穂、従姉妹の知香、伯母の加代子、伯父の哲雄の五人が福岡から島に渡って、その納屋の周りの草刈りをするというものです。親族たちの島へ渡ってから帰路につくまでの淡々とした煩瑣な叙述とともに、吉川の家と古い納屋が背負ってきた過去の歴史が挿話として何らの感傷も交えない文体で描かれていきます。


こうした土俗のものや地域の歴史めいた叙述を、伊藤左千夫の小説や長塚節の「土」となぞらえてしまうことは容易いですが、世の中の構造が複雑化して旧来の家族の形が危うくなっている現代と対比してそうしたものが描かれているのですから、単純化できない一筋縄ではいかないものが感じられます。先祖が吉川の家を入手した経緯、難破して海に投げ出された朝鮮の人たちを吉川の家で保護したこと、江戸時代と思しき時代の西国の話、古い商店にカヌーが置かれてあった理由、そのような古い納屋や地域が背負ってきた歴史などには、平たい表現をすれば温故知新と言うか、その時代を知っている人が生きていないような時代からの、多くの人々が息づき活動したという厳然とした事実の積み重ねで現代人の環境や足場が出来上がっているということが感傷を交えず描かれることによって、逆に雄弁に物語られているようです。そのことが先行きの見えない社会や現代人の先取り不安などに対して決定的な解決にならないとしても、そこに歴史があり人間が生きたという事実は、一般的にそうしたことが顧みられることが少なくなった現代において、脆くなってしまった足場を支えてくれるものとなり得るのではないでしょうか。


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2020年5月14日 本買取ダイアリー [RSS][XML]


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